私は周到にトラップを巡らせる策士だった。
私は言葉で人を踊らせ、一点の瑕疵もない重層構造のトラップを作り、その状況下にノブと玉吉を追いやる男だった。
――ノブはそう思い込んでいる。甚だしい買い被りだ。
私は何も考えていなかった。
脊髄反射で喋り、隙だらけの行動のあげくデータを放置する男だった。複雑極まりない状況を創出したのは、ノブの頭蓋内で囁く疑心暗鬼に他ならない。
だが、ノブと対等に渡り合い、不利な状況を打破するには策士を演じる以外に道はなかった。
ノブは9割の確信と、1割の不信との間で思考を巡らせている筈だ。
(佐藤は理性に重きを置く男ではない。過去の対戦では、いとも簡単にロジックを放棄し、運に身を委ねたではないか。しかし……
それは運が戦局を左右するゲームでのみ、佐藤が採りうる戦術ではないのか?ゲームの性格によって最適な行動を採る事こそ――理に適っている)
ノブに悟られてはならない。
私がそれほど器用な男ではないという事実を。
「ところで、ノブは玉吉をどう見ている?」
トラップの件には触れずに質問した。策略を否定しない私を見て、ノブは消極的な肯定だとみなしたようだ。となれば、以後の会話は状況報告から相手のトラップ解除へと推移する。彼は慎重に言葉を選びながら答えた。
「――オプション、かな」
辛辣だが上手い比喩だ。
シューティングゲームで自機の周囲を廻るオプション。それは盾として自機を守り、時に自機の身代わりとして特攻させる捨て石でしかない。
「悪いけど、そうとしか、言えないな。佐藤はどう見てる?」
「可哀想なフィンランドの話を知ってるか?」
彼は予想外の返答に顔をあげ、まじまじと私を見た。
「地勢学には“フィンランド化”という用語がある。これはそもそも、第二次大戦末期のフィンランドの行動に由来しているんだ」
私はゆっくりと話し始めた。
国際社会におけるフィンランドの歴史、列強国に囲まれた小国が選択した政治的行動――冗長で、つまらない話だった。私が誰かにこんな話を聞かされたら、頃合を見計らって話題を変えているだろう。
私には考える時間が必要だったのだ。
話しながら、ノブが玉吉をオプションと言い切る理由を検討していた。
オプションの存在理由はもうひとつある。ノブがその目的のために玉吉を利用するというのなら、私が打っておいた布石が功を奏するだろう。
――間違いない。彼が“人数あわせ”でも“人間キャッシュ・ディスペンサー”でもなく、あえてオプションと言った背後には、それなりの理由がある。
「佐藤。つまり、フィンランド化というのは。強い国の顔色をうかがって、コウモリのように行動する、玉吉は、そういうプレイしかできない、という事だよね?」
「そうだ」
ノブの唇の端が微かに持ち上がった。私の力量を見切った笑みだった。
「そう。そうなのか。僕はてっきり……」
「待てよ」
私は椅子の背もたれに身体を預け、煙草に火をつけた。
「まあ、そう焦るなって。今日はある事を提案しようと思って来たんだ」
攻めろ。ここは攻めろ。ノブに口を挟ませてはならない。彼の提案や意見を聞いてはならない。それよりも自分の主張を一方的に彼の前に提示し、その事にのみノブの注意を向けさせるべきだ。
なぜなら――真に優位に立つ人間に特有の傲慢さを示し、彼の錯誤を確信に変えなければならないから。
「……提案?」
ノブの目が細くなった。私に対する評価を再検討しているのだ。熟考は懐疑を萌芽させる。私は率直に用件を切り出した。
「僕と組もう。二人で玉吉を叩くんだ」
ノブは沈黙した。
――僕と組まないか?二人でノブを叩くんだ。
かつて、屈辱に我を忘れた玉吉に私はそう提案し、彼は即座に応えた。
――途中までならな。
だが、ノブの沈黙は少しばかり長かった。長すぎたと言ってもいい。
「ゲームバランスが、崩れないか?」
「どうした?なんで即答しないかな。スポーツマンシップに目覚めたのか?それともどこかの宗教に帰依して、博愛の精神でも学んだとか?それって鬼畜野郎の台詞じゃないぞ。
考えるまでもない。ナチとソビエトが手を組めば、フィンランドの運命なんてどうにでもなるんだ。デメリットはない」
「……ああ。ゲーム展開が、単調になるんじゃないかって、思っただけだ」
「共謀して玉吉を叩くのには賛成なのかな?」
「組もう」
その瞬間、ノブの顔に理解の閃きが走った。
執拗に同意を求める私の言葉の底に、不穏な匂いを嗅ぎとったのだ。
「おまえ――玉吉と、組んだのか!! 」
「うん。組んだよ」
私はあっさり肯定した。
「さっきノブは、玉吉はオプションだって言ったよな?取るに足りないカルドセプト弱者を評するには、過ぎた表現だ。オプションは敵弾のシールドになり、プレイヤーの攻撃力を高める。
――ジャンケンでグーしか出せない弱者に攻撃力を期待するのか?しかもそいつは敵だ。敵の攻撃が自分に向けられないと楽観するバカはいない。
だけどさ、自分への攻撃を封印して、なおかつ自分に有利な局面を展開させる、簡単で確実な方法がひとつだけある。弱者をオプションにして自分で操作すればいい。
ノブ、ガードが甘いよ。おまえはさっき、無意識のうちに告白してたんだ。
自分は玉吉と組んでいるってね」
ノブは私を凝視していた。……喋りすぎたかも知れないとは思ったが、ここは優位に立つ人間を演じ、私のペースに乗せなければならない。
「玉吉は、僕を憎んでいる。そんな相手と、組むと思う?」
「組むさ。あいつは自分の弱さを知っているから」
弱さを自覚する者は自身の生残性に執着し、あらゆる手段を講じて生存率の向上に努めるものだ。
玉吉は今回の対戦ではトップを狙わずに2位を狙う、と私は考えた。トータルでプラス・マイナス0か、僅かのプラス。しかし、それを達成するには拠点防御戦術だけでは足りない。
カルドセプトを熟知した二人のプレイヤーが、玉吉を無視して互いに潰しあう状況が生まれるか、あるいはどちらか一方のプレイヤーとの間に安全保障条約を締結しなければならないのだ。
ノブの立場に立てば、玉吉は共謀者として最高の条件を兼ね備えているのが判る。
玉吉は自尊心をズタズタにされた。珍しく激怒し、ノブを憎悪した――そんな二人に共謀関係が成立するなら、それは最高の偽装となるではないか。
これは想像だが、玉吉の怒りが収まった時期に、ノブは提案をしている筈なのだ。
「僕と組んで、佐藤を叩こう」と。
人間の怒りは持続しない。憎悪が稀薄になる頃には、圧倒的な強さを誇るノブの実力を冷静に評価できるようになる。玉吉はデメリットの存在しない申し出を快諾したに違いない。
私にとって不利な状況が招来するのは目に見えていた。――だから私は先手を打って玉吉に共謀を提案しておいたのだ。
そして、ここに最弱のプレイヤーが最も有利になる状況が生まれた。二者との共謀が意味するのは、すなわち強いプレイヤー相互の潰しあいに他ならないからだ。
玉吉は対戦の直前に、私たちに電話でこう告げればいい。
「露骨に叩くとバレるから、不自然にならないようにプレイするよ」
この一言で、彼は共謀している演技すらせず好き勝手にゲームを展開できる。
“共謀している”という先入観が、玉吉のプレイに意味を付与するからだ。
自分の土地を玉吉に奪取されても、それはごく自然な偽装に見え、敵プレイヤーにとっては強力な支援行動に見える。
「だから僕たちは組まなければならないんだ」
「黙って玉吉を、叩く?」
「いや。あいつにもこの事実を知らせる」
「……なぜ」
「これはおまえが仕組んだトラップだからだよ。トラップを生かしたままにしておくと、これから先、おまえが別のトラップを仕掛ける可能性があるからさ。だからすべて解除する」
「たしかに、そうだね」
私はその一言に慄然とした。この状況下にも関わらず、ノブはトラップを解除しない場合の戦略を練っていたのだ。
「しかし、これでみんな協調関係になったんだ。良かったじゃないか。仲良しのゲームは、何時間プレイしてもチップ1枚動かない。みんなで公平に点数を配分して、ジャスミンティーでも飲みながら平穏な休日を満喫するんだよ」
そうはならない。絶対に。
「佐藤は、ホントに鬼畜だねえ」
ノブは嬉しそうに笑いながらそう言った。
それは、対戦するに足る好敵手を見いだした笑みではない。フェアプレイや健全なライバル意識といった領域の極北に位置するのが、私たちのプレイスタイルだからだ。
トラップ解除のために私が露呈した思考プロセスの確認――そしてノブの予想通り、私がゲームの性格によってロジック重視の戦略を採る事実を確認できたが故の笑いなのだ。明らかな錯誤を含んでいるが、親切に指摘してやる事もないだろう。
……私は、愚かにもそう思い込んでいた。
いつになく饒舌になったノブは、玉吉に共謀を提案した時の話をしていた。
「判るよね?あいつが、何かを一所懸命かくそうとする、顔」
「ああ、判る」
「その顔で、言うんだ。『まあ、おまえはさんざん僕をコケにしてくれたけど』」
「ははは」
「『実際、あんまりカルドもやってないし』――ああ、組みたいのか、こいつ」
「まあ、正直ではあるよな」
「それで玉吉は、こう言った。『ブックの編集にしても、佐藤が忘れていったブックしかなくて』」
「うん」
「……“忘れた”?」
ノブの表情が一変した。――嵌められたと悟った瞬間、彼は質問を重ねていた。
「あのデータは、置き忘れたんだね?」
私は自らの甘さを悔やんだ。そうだ。なぜノブが私に会いに来たのか?それはデータの真贋を確認するためではなかったのか。私は彼の目的の優先順位を見誤っていたのだ。
いや、そもそも共謀策は有効なトラップ足り得るのだろうか?誰か一人が極端に有利になると、残ったプレイヤーは共謀してこれを叩くのが鬼畜対戦のスタイルではなかったか?つまり、今回の共謀は無効化されるか看破されるものとして、ノブはさしたる期待もせずに手を打っておいたと考えるのが妥当だろう。看破されなければ少しは有利になる、と。
だとしたら、そんな単純な事実になぜ私は気づかなかったのか?
――「オプション」という単語のせいだ。
玉吉に対する的確な比喩を口にしたのはノブだった。その役割を十全に表現する単語。
私はその言葉に反応し……。
まんまと彼のシナリオに乗って、賢しげに推理まで披瀝してみせたのだ。
背中を嫌な汗が流れた。ノブは私の緊張の糸が弛むのを待っていた。そこかしこで浮かべた彼の笑みが意味するのは、期待通りに踊る私に対する嗤いだったのだ。
屈辱が、小賢しい策士を演じていた私の脳を鬼畜対戦時のモードへと移項させた。日常から非日常への転換。ただ勝利への意志だけがあり、煩わしい倫理感と社会的規制を遥か後方へ押しやった、解放された領域。
私の前にいる男は、尊重し、敬愛すべき友人ではない。叩きのめされ、地に這い、罵倒され、嘲弄される覚悟でゲームに臨む鬼畜野郎だ。だとしたら容赦しない。相手の戦術を美辞麗句で褒め称え、後日の人間関係を考慮して最後の一太刀を控える愚を犯さない。
完膚無きまでに、叩く。
だから私は笑った。
「そうだ。うっかり置き忘れたんだ」
ノブの顔に一瞬、困惑の影が走った。彼が予想していた反応と異なっていたからだ。
――彼の思考はこう読める。
(あのデータを置き忘れたのだとしたら、佐藤はその事実を否定する。意図的に放置されたトラップだとしたら、佐藤はその事実を肯定する。しかし、この場合後者の反応は見せない筈だ。なぜなら……)
私はその直前、無意識に反応していたからだ。
敵対するプレイヤーを不利な状況に追いやるには真を偽といいくるめるか、曖昧な解答で真贋の判断を相手に委ねるしかなく、どちらの反応もデータを置き忘れた事実を認める証拠となる。
「玉吉にせがまれたからな。あのブックはトラップじゃないし、僕はあれ以降ブックを編集していない」
真実だった。
ある状況下では真実は最良の欺瞞となる。――対話者が懐疑的な場合だ。
(佐藤の無意識の反応そのものが、周到に仕組まれたものだとしたら、どうなる?その可能性は捨てきれない。なぜなら……)
5種2パターンのブックは、私の戦術を明確に物語りすぎているからだ。敵プレイヤーにそれを見せて、戦術を錯誤させる意図があるかのように整然としすぎている。
「嘘だろう?」
ノブは即座に探りを入れてきた。違う、と答えれば私の主張は一貫し、データがトラップである事を示唆する。だが、首尾一貫した主張の底にあるのは、敵対者を誘導しようとする意志だ。私はノブに真実を知らせるつもりはなかった。
「嘘だ」
饒舌であってはならない。相手に余分なデータを与えてはならない。一部しか語られぬ真実は混乱を生み、懐疑が思考を曇らせる。
(悩め)
表情を消したその下で、私は呪詛の言葉を吐いた。
(自分が作ったトラップのワイヤーに絡まって、言葉の泥沼に沈め)
「佐藤……おまえは、ウソつきだ」
「そうだ」
訊かなければいいものを。ノブは自らエピメネデスのパラドックスを招来し、ロジックのループに嵌まってしまったのだ。――嘘吐きが嘘をついていると言明した場合、それは嘘なのか真実なのか。
これ以上言葉を重ねればパラドックスが崩壊する。私は彼の想像力にまかせて、口を閉ざした。
「まあ、いい……」
ノブは嘆息するとストローでアイスコーヒーを撹拌した。
「いいさ、手は、ある」
含みを持たせた言い方だったが、私は戦略的勝利を確信した。彼はあのデータが欺瞞である可能性を考慮して、ブック編集しなければならないのだ。
「ところで、今日はもうひとつ、決めておく事がある。対戦の、ルールだ」
ノブはバッグの中からコピーされた紙を取り出した。私が作成した対戦ルールだった。
「基本的には、これでいいと思う。だけど、あいつがいる。全カードをコンプリートしていない、玉吉が」
私は頷いた。鬼畜対戦とはいえ、緊張感に欠けるゲーム展開を望んでいる訳ではないし、カードによる実力差が歴然としていた場合、玉吉が対戦を拒むかも知れない。
「スペシャルカードとレアカード、それと、いくつかのカードを、使用禁止にしたい」
妥当な提案だった。私たちは協議し(時に、どうでもいいカードに固執して相手に誤った印象を与えようとしながら)、制限カードを選出した。
後は玉吉にこの結果を報告するだけだ。
「もしもし?」
携帯電話ごしに聞く玉吉の声は、電子的な霞にうっすらと覆われていた。
「佐藤だよ。カルドセプトの対戦について、ノブと話してたんだ」
「ノブ?そこにいるのか?」
「ああ、ここにいる。で、僕はノブと共謀する事にした。――もちろん、おまえとも共謀しているし、おまえはノブとも共謀している」
「みんなで同盟を結んだ訳だ。いいねえ、場が和んで。お互いに気を使うゲームは大好きだよ」
話が早い。玉吉は相互共謀のコンセプトを理解している。
「後でファックスするけど、対戦のルールも決めておいた。まず制限カードを」
「おまえ、何か勘違いしてないか?」
私の話を断ち切るように、玉吉が言った。
「先走ってサクサク話を進めてんじゃねえよ。僕がいつ対戦するって言った?
断る。おまえらとカルドセプトの対戦はしない」
「ちょっと待て!対戦はおまえが――」
「カルドをやりこんだ二人が、共謀したと言って電話をかけてくる。しかもルールは二人で決めたって。僕は葱を背負ったカモか?」
違う、と言いかけて私は口をつぐんだ。三者共謀は、共謀そのものを無効にするものだと玉吉は知っている。カード制限についても、ゲームを熟知していない彼の関与は無駄だと自覚しているだろう。――にも関わらず不平を口にする理由はひとつ。
玉吉は何らかの要求を通そうと、対戦を拒否するポーズをとっているのだ。
「あのさあ、その状況から不穏な匂いを感じるんだな。おまえたちが本当に共謀していないって保証はない。いや、むしろ共謀したと考えた方が理に適ってる。著しく不利な僕は自衛したい訳だよ、カルド弱者としてな。
まあ、こっちの条件を呑めば対戦してもいい。条件はひとつだけだ。――ルールは僕が決める」
玉吉の要求を伝えるとノブは頷き、紙に“ルールの内容”と書いた。ルール設定で優位が崩れる事はないと踏んだのだろう。
「どんなルールだ?」
「基本は佐藤がファックスしてくれた対戦ルールだ。これに2つの変更点を加えて、初心者と熟練者が対等に渡り合えるゲームにする」
「ちょっと待て」
ノブに伝えると、彼はルールを再読して熟考し、微かに首を振った。不可能だ、2つの変更点だけで実力差を覆すルール設定はできない――そう言っているのだ。私も同感だった。そもそも制限事項は最小限で、獲得ポイントの設定に大半を費やしたルールだ。改変の余地があればとっくに発見しているだろう。
「無理だ。真に公平なルールなんて……いや、待て。隠しコマンドか?」
玉吉は楽しそうに笑った。確かにバカな質問だ。カルドセプトにそんな物があったら研究熱心なウェブサイトで公開され、ゲーム性を損ねると非難されている筈だ。
だとしたら――。
「言っとくけど、プログラムを改造して僕だけ有利にもしない。ゲームには一切手をつけない。それでも、さっき言った変更点だけで、誰にでも公平で運と瞬発力がモノを言うゲームに変わるんだよ」
「どんなルールだ」
「それは言えないな。言えばカルドジャンキーのおまえらは、ルールに合わせた対策を練る。……あ、ちなみにカード制限はしない。レアカードを組み込んだブックをバシバシ編集して貰ってかまわない」
玉吉の設定したルールは矛盾に満ちている。少なくとも、私にはそう思えた。
「ヒントを教えてくれ」
「いつもの通りだよ」
玉吉は満足そうに言った。
「ヤクザなルールだ」
「……ヤクザなルールと言うなら、ひとつだけ、考えられる」
携帯を切った私に、ノブが言う。
「外ウマだ。これなら弱者でも、勝てる。カード制限しないのも、納得できる」
外ウマとは、ゲームの勝者を予想して賭ける行為だ。
参加者が敵プレイヤーに膨大なチップを賭け、これをバックアップする形でゲームを展開すれば、たとえゲーム上では負けてもチップのトータルでトップになる事もできる。
私は首を振った。
「外ウマ対策は簡単だ。弱者にコントロールが可能だというなら、賭けられたプレイヤー側にもコントロールできるって事だろ?」
わざと負けて莫大なチップを獲得すればいい。
「……だから外ウマじゃない。そもそも、運と瞬発力を要求されるゲームに変貌する、というのが判らない」
「カルドセプトは、理性のゲームだ。運と瞬発力とは、無縁だよ」
「ところが玉吉はそれができると確信している。このルールに2つの変更をつけ加えるだけで」
私たちはルールから導き出されるあらゆる可能性を考え、考える端からその可能性を否定していった。
……私は、可哀想なフィンランドの話を思い出していた。列強諸国に脅かされていた当時のフィンランドに核兵器が存在したらどうなったか?考えるまでもない。勢力地図が塗り替えられ、ヨーロッパの覇権を握る超大国に変貌していただろう。
電子的にくぐもった玉吉の笑い声は、核兵器を手中に収めた者の余裕を漂わせていた。
10年前の玉吉の嗤いが蘇る。さっきの笑い声は、勝利を確信した嗤いに似ていなかったろうか?……私は、玉吉を弱者だと見くびりすぎていなかったろうか?
――辞めちゃうの?こぉんなに笑えるゲームなのに。
耳について離れない哄笑がそれに続く。激怒に顔を歪めた敗者に向ける、鬼畜の嗤いだ。
嫌な予感がした。
途轍もなく、嫌な予感がした。
|